峰塚公園は昭和62年に地区公園として都市計画がなされ、史跡である峯ヶ塚古墳を含む全体面積5.3haの都市公園です。
公園北側の東西の道路は日本で一番最初に出来た官道といわれている竹内(たけのうち)街道が通り、古代悠久の歴史とみどりを感じていただける公園として5つのゾーンで構成されております。
平成元年に市制3周年を記念しモニュメントゾーンを開設、平成18年は金剛生駒の山並みの眺望を楽しめる郷土の森ゾーンを開設し、文化イベント広場ゾーン、管理施設ゾーンも市制50周年にあたる平成20年度に開園しました。
峰塚公園の玄関口として峯ヶ塚古墳の前方後円墳をイメージした噴水をモニュメントにした広場を平成元年に開設しました。
一般の立入りが規制される陵墓の多い古市古墳群にあって、古墳を間近にみることのできる数少ない場所となっており、古墳の町にふさわしいゾーンになっています。
周辺の景観に配慮した四阿(あずまや)や古代建築を模したデザインのトイレなども設置しています。
子ども達が遊べるすべり台やブランコ・アニマル遊具があります。また、健康の維持、体力向上のお手伝いのため芝生広場を周回できる園路の内側にはジョギングコース(1周約300m)を設置するとともに、広場東側には健康遊具(10種類11基)を設置しています。
土広場や芝生広場は多目的広場としての利用も可能となっており、芝生広場には本市の『白鳥伝説』から白鳥が羽を広げた形のパーゴラのステージや眺望や休憩などに使用していただくための四阿(あずまや)等が設けられています。
さらに、峯ヶ塚古墳の二重濠の遺構を保存し、濠の位置を表現するためのその部分の園路を色分けして舗装を行っています。
峰塚公園西北に位置する丘陵地は、早くから掘抜石棺として注目されていた小口山古墳が存在し、さらに小口山東古墳や埋蔵文化財の散布が確認されています。
この場所は高台で見晴らしが良いことから、戦国時代には高屋城の出城が築かれていたと記されています。
文化財を保存するため現状地形を活かした散策路の整備と二上山などの眺望を楽しめる展望広場を設けています。
羽曳野市から藤井寺市にかけて日本屈指の古市古墳群が点在しており、峯ヶ塚古墳は古市古墳群の南西部に位置します。古市古墳群は昭和49年に国の史跡に指定されました。令和元年7月には世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」の古市エリアとして、世界遺産にも登録されました。
峰ヶ塚古墳は、墳丘の長さ96メートル、前方部の幅74.4メートル・高さ10.5メートル、後円部は直径56メートル・高さ9メートルの前方後円墳で出土した埴輪や副葬品などの形態を総合的に考えると、5世紀末頃の築造と考えられています。
子ども達が遊べる土広場や遊具(ジャングルジム、すべり台等)があります。季節には、園路沿いの桜が満開となり市民の憩いの場となっています。
この公園は、地震などの災害時における広域避難場所に指定されており、四阿(あずまや)は災害時にテントになり、中央土広場横には仮設トイレを追加できます。
また、救援物資を運搬できるよう大型車の通行が可能な、幅10mの園路を設けています。